なぜ詐欺被害は減らないのか?

詐欺防止ネットワークでは法律上の区分に寄らず、不当な金品を要求される行為すべてを「詐欺」と定義しています。
この詐欺による被害を無くすためには、騙されてしまう原因について見識を深める事が重要です。

詐欺被害がなくならない原因の一つは、詐欺の根本的なメカニズムである「錯誤」は、誰にでも起こり得る、という事があります。
また、「特殊詐欺」に見られるように、詐欺の組織犯罪化が進んだ結果、詐欺グループは通常の会社組織と同様、もしくはそれ以上に洗練された高度な事業形態が構築され、一般人が個々に立ち向かえるレベルではなくなってきた点も大きな要因となっています。

常識的な人ほど「錯誤」に陥りやすい

詐欺犯は、人の「騙されてやすい心理」をうまく突いてきます。
それは人として当たり前に持ち合わせているものであり、主に6つが挙げられます。

1)欲や願望
2)心の隙間(さみしさ、つらさ)
3)知識のなさ(専門外の分野)
4)良識(社会性や世間体など)
5)愛情
6)不安

通常、人は物事に対して常識や経験から正しい判断を行っていますので、簡単に騙されたりすることはありません。
しかし、その判断力を奪われてしまうと、意外と簡単に詐欺犯の言う事を鵜呑みにしてしまいます。その方法は、上記の6つの心理を利用して、冷静な判断力を奪うことです。

人である以上、様々な欲求を抱えて生きることに何ら不自然なことはありません。
「得をするか、損をするか」、となればほぼ100%、得する方を選ぶでしょう。
詐欺犯はそこを突いてきます。
また「将来への不安」や、「家族を守りたい気持ち」は誰もが持ち合わせている感情ですが、その感情を逆手に取るのも詐欺の特徴です。
特に近年の特殊詐欺における劇場型詐欺では、詐欺犯から突如、ショッキングな事態を叩きつけられ、被害者はパニックに陥ります。その瞬間、冷静な思考力が奪われ、また考える時間も与えらずに判断を迫られて、詐欺犯の言いなりになってしまうのです。

被害者のほぼ100%が「自分は騙されるはずがない」と思っていたとのことです。
それでも被害に遭ってしまうのはなぜでしょうか。
その理由は、皆さん自身が「自分や家族を大切に想う、良識ある普通の人」であるからです。
そのため、他人に対しても良識ある態度で接し、相手も自分と同じ価値観を持つ人間であると思いがちですが、そこが落とし穴になっているのです。

「相手は信頼できるまともな人、その人が〈儲かる〉〈得する〉話を持ち掛けてくれている・・・」
「自分や家族が社会に迷惑をかけてしまった・・・何とか償い、社会への責任を果たしたい・・・」
「家族が不祥事を起こしてしまった・・・穏便に済ませられるならお金で収めてしまいたい・・・」

このように考えてしまうのが普通でしょう。

誰でも彼でも他人を疑って生活している方は稀でしょうし、それでは円滑なお付き合いもままならず、社会の中で浮いた存在になりかねません。
社会性を身に着けた、ごく常識的な感覚をお持ちの方こそ、詐欺の格好の餌食になりやすいといえます。

詐欺の組織犯罪化

振込め詐欺をはじめとした特殊詐欺は、新たな詐欺の形態として台頭してきました。
特殊詐欺の大きな特徴は、この詐欺グループが高度に統制された組織として運営されている事と、徹底したリスクマネジメントにより、警察による摘発が非常に困難である事です。

下図は一例ですが、詐欺のプレイヤーと呼ばれる実働部隊が、各店舗を拠点として店長格の指示に従い、詐欺を仕掛けます。
作業拠点として使用するウィークリーマンションや貸事務所、ホテル等の手配や、トークで使うシナリオ、架電対象者の名簿、飛ばし携帯や架空口座等の「道具」は、現場とは別に店舗を管理する番頭格の者が提供します。
シナリオや名簿は専門業者から調達したり、グループ内で作製するなどして、常に最新の手口が研究、開発されているようです。
現場の実行犯と、その上にいる番頭格の人間との接触は禁じられたり、プレイヤー同士の交流も制限されるなど、情報漏洩やグループ全体が壊滅に至らないよう十分な注意が払われています。
さらに現金を受け取る役割の「受け子」、ATMで引き出す役割の「出し子」といった者たちは、詐欺の実行グループとは別のグループへ外注されており、万が一これらの者が逮捕されても、詐欺グループ本体まで捜査の手が伸びることがないよう、分業制が徹底しています。
彼らは詐欺グループから見れば使い捨てのコマに過ぎず、逮捕要員とまで呼ばれる存在ですが、経済格差が拡がる中では、借金や障害を抱える者、生活困窮者、またアルバイト感覚の軽い気持ちで参加する若者など、人員には事欠かないようです。

そして詐欺グループを陰で操る黒幕ともいえる存在には、警察もなかなか迫ることができていません。
彼らは一連の詐欺スキームに準備資金を投入し、詐取した金の配当を受け取る資本家のような立場で、「金主」と呼ばれています。
現場レベルのプレイヤーや店長格の者と、金主との接点は一切無く、仮に店舗摘発に至ったとしても、それ以上の追跡は困難で、ほどなく新たな店舗が稼働を始めるのが現実のようです。

現場のメンバーは高度な研修により洗脳され、金を奪うことを「価値ある仕事」として認識しているのみならず、公的制度を研究し、警察の捜査手法もチェックした上で、臨機応変にスキームを構築し、プロ意識を持って全力で詐欺業務に打ち込むプロ集団です。
オレオレ詐欺が生まれた特殊詐欺の黎明期には、ほんの小遣い稼ぎ気分で手を染める若者も多かったようですが、近年はそうした生半可な気持ちでなく「高齢者が若者から搾取し、貯め込んだ金を世の中に還元する」といった大義の元、立派な「職業」として各自がプライドを持ち、本気で騙しにかかってくるのです。

個人情報は丸裸

上記、詐欺組織の特徴として詐欺のスキームが高度に完成されている点が挙げられますが、そのスキームに現実性を持たせ、詐欺対象者の判断力を瞬時に奪う役割を担うのが、個人情報です。

そもそも一般の方は「自身の個人情報は気を付けているから大丈夫」と考えがちです。
しかし、日常における様々な消費行動から、一人一人の個人情報を様々な属性に紐づけた名簿が作成され、市販されているのが実情です。

名簿業者がホームページで販売しているリストを見てみると、例えば「ビジネスマン」というカテゴリにおいて、携帯電話番号や勤務先(電話番号含む)まで網羅したものや、「成人式を迎える女性」、「教職員」、「看護師」、「ゴルフ場会員」などの一般的なものから、「懸賞応募者」、「フィットネスクラブ会員」、「ドラッグストア会員」、「アパレル通販会員」、「ダイエット食品購入者」、「FX顧客」、「お見合いパーティー参加者」、「英会話アンケート回答者」、果ては「新聞購読者」まで200から300もの属性に分類された詳細なデータがリストアップされています。

街中やインターネットでアンケートに答えて景品をもらう、懸賞に応募する、といった事は誰でも経験があると思いますが、ここで記入したデータがこうした名簿作製に転用されている可能性は大いにあります。

一般企業側では消費者の購入データ、会員データなど一元管理していますが、ベネッセや日本年金機構の大型漏洩事件はもとより、リクルートキャリアや東京海上日動火災保険、プレミアム・アウトレットなど、個人情報の流出は枚挙にいとまがなく、日常茶飯となっています。
個別にみれば損害はなさそうな流出情報も、犯罪組織に集約されていき、ストックされた各情報を相互にリンクさせることで、特定の個人に関する様々な情報が肉付けされていき、詐欺に必要なネタが出来上がっていくのです。

一般の詐欺犯にとって有益と思われるデータは、訪問販売系(布団、教材等の購入者)や通販系(アダルト商品、開運ジュエリー、健康食品、美容機器や化粧品等の購入者)、また富裕層(高額商品契約者、アパートオーナー、土地所有者)やサイドビジネス資料請求者、競馬予想会員、パチンコ攻略法会員などがありますが、特殊詐欺を行う詐欺グループが高齢者を狙う場合、「高齢女性データ」、「退職者データ(富裕層・公務員・上場企業)」、「リフォーム契約者」などの元データを仕入れ、ここに裏データである「介護施設入居待ちリスト」や「先物投資リスト」などを組み合わせてターゲットの情報を固めていきます。

俗に名簿屋と呼ばれる業種の者が、こうしたリストからターゲットを選び、「行政職員」や「介護施設紹介業者」、ときには「生活安全課の警察官」を騙って電話あるいは直に訪問し、ターゲットが騙され易い人種か否か、資産状況ならびに家族構成やその勤め先、連絡先など詳細に聞き取ることで、最強の詐欺専用名簿が出来上がっていきます。

このように、本人のみならず家族の詳細情報までが詐欺グループに押さえられ、他人が知る由もない内容が盛り込まれたシナリオで、詐欺犯がアプローチを掛けてくるため、ターゲットは容易に錯誤に陥り、詐欺犯の言いなりになってしまうのです。

「私は騙されない」という人が騙される

「詐欺に引っかかる方が悪いんでしょう」「私は絶対に大丈夫」という風に考えている方は多いと思います。しかし詐欺犯からすれば、そういう人ほどターゲットとして最適なのです。

なぜなら「私は騙されるかも」と思っている人の方が、詐欺に対する恐怖心や想像力が働くため、いざ詐欺犯からアプローチされた際にも、心のどこかで「これは詐欺かな」という注意が働きやすいためです。

さらに昨今の特殊詐欺の特徴として、お金を支払ってしまった人が100%相手を信じていたかと言うと、実はそうではない場合もあります。
詐欺グループのメンバーは、詐欺と気付かれても金を支払わせる(振り込ませる)テクニックまで構築しているのです。

特殊詐欺に代表される劇場型詐欺の手口では、家族の身に危険や危機が迫る、のっぴきならない状況であるという架空の状況にターゲットを引きずり込みます。
電話を受けた側も、「この話はウソかもしれない、騙されているかもしれない」との思いはあったとしても 、「どうしてくれんだ、この野郎!」「人生無茶苦茶にしてやるからな!」などと大声で恫喝される中、半ばパニック状態に追い込まれ、こうした心理的圧迫から逃れたい気持ちも相まって、「これが詐欺ではなく現実に起きている事だったとしたら、ここでお金を支払っておかないと大変なことになる。 万が一、騙されてるとしても本当に起きていた場合の保険と考えればいい・・・」と現実逃避ともいえる心理状態に陥ってしまうのです。

詐欺用名簿の情報を詐欺犯は持っていますから、こちらの住所、携帯電話番号はもとより家族の勤務先や孫の名前までちらつかされ、恐怖心は倍増して言いなりになってしまうのです。

個人情報は犯罪グループに知られているのが当たり前、気を付けていても騙される可能性は誰でもある、場合によっては脅迫を受ける事も起こりえる、といった心構えでいることが、現代社会で身を守る術になりつつあります。

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