連日の報道で目にする「還付金詐欺」は、特殊詐欺の中でも定番化しており、その「還付」の内容は「医療費の還付」、「保険料の還付」、「税金の還付」などで、多くは役所や税務署、社会保険事務所※の何某と名乗って電話を掛けてくる。
身に覚えのない、降って湧いたような話であったとしても、何しろお金が還付されるというのなら「もらえるものはもらっとけ」と思ってしまうのも人情であろう。
※「社会保険事務所」は年金記録問題で社会保険庁が廃止されるのに伴い、日本年金機構の「年金事務所」へ移行している。従って「社会保険事務所」と名乗った時点で詐欺とわかる
ここで詐欺犯は「事前に通知しているのですが、緑色の封筒が届いていませんでしたか?」「もう支払い期限が迫っています」「本日中に手続き頂かないと受付が終了してしまいます」などと期限を示して焦らせてくるのである。
こうなると、せっかくのチャンスを逃すまいと冷静な判断もままならない中、
「今から指示に従って手続きを進めて頂ければ、なんとか還付金は受け取れますのでキャッシュカードを持ってコンビニのATMへ急いでください!」
と指示されるや否や、
「はい、わかりました!!」
と二つ返事でATMへ向ってしまうのである。
警察をはじめ行政機関、金融機関と総力を挙げて「還付金でATMは詐欺です!」と啓蒙しているが、「お金がもらえる」という心理は本来持ち合わせているはずの冷静な判断を上回ってしまうのかもしれない。
そもそも還付金について、なぜ還付されるのか、どういう制度なのかを理解できている人がどれだけいるのだろうか。
還付金の知識が無いため、「払い過ぎた医療費の還付があります」、「払い過ぎた税金が戻ります」等、もっともらしい言葉に対して「よく分からないけど、お金が入るのならいい話だ」と安易に信じてしまうのではないか。
そこで現在、私たちが受け取ることのできる還付金の種類、還付方法などを詳しく見ていきたい。
現在、私たちが行政機関から還付金を受けることができるのは、主に「医療費」、「年金」、「健康保険」、「税金」の4つのカテゴリである。
これらはすべて、私たちが能動的に還付申請を行わない限り、お金が戻ってくることはない。
一部の例外を除き、私たちが自動的に還付金を受け取れるという事はありえないのである。
詐欺犯が用いる「払い過ぎた税金があります」など笑止千万で、税務署は税金を取ることに関して絶対に手を抜かないが、「税金が安くなりますよ」、「税金を取り過ぎましたよ」というような事はたとえ知っていたとしも、税務署が納税者に教える義務はない。
医療費や年金、健康保険に関しても同様で、高齢者のさらなる自己負担増を検討せざるを得ないほど、国の医療費は膨れ上がっており、国民皆保険をどうすれば維持できるかの議論が続く中で、好き好んで「還付金がありますよ」と電話して回る職員がいるだろうか。
受給年齢の繰下げに向けた制度改革が待ったなしと言われる年金についても然りである。
以下、4つのカテゴリについて詳述する。
医療費の還付というカテゴリにおいては大きく3種類の還付制度がある。
一つ目は俗に「医療費の立替払い」と呼ばれるもので、医療機関を受診した際に全額を自分で支払った場合に適用される。
これは保険証を忘れた、保険証の変更手続中、など保険証が手元に無い状態で医療費を全額支払った場合に、後から健康保険組合に申請※して保険適用時の医療費との差額を払い戻すものであるが、 自ら「療養費支給申請書」を作成する必要があり、この用紙に振込先口座も明記した上で健康保険組合へ提出する。後日、振込みがなされるという仕組みだ。
※病院で申請できる場合もある二つ目は「高額療養費制度」を利用して自己負担限度額を超えた医療費を返してもらうもので、「健康保険高額療養費支給申請書」に振込先口座を記入の上、医療機関等から出される診療報酬明細書(レセプト)も添えて健康保険組合へ提出する。
こちらも後日、振込みによって払い過ぎた医療費が還付される。
また、健康保険組合によっては独自の「付加給付」制度があり、さらに自己負担額が減るケースもあるが、これも健康保険組合への書類による申請がなければ差額が戻ることはない。
三つ目は確定申告時にお馴染みの「所得税の医療費控除」である。
この医療費控除、またはセルフメディケーション税制(医療費控除の特例)のいずれかにより税務署へ還付申告を行うことで、後日その他の還付金とともに指定口座へ振り込まれる。
このように医療費の還付に関しては、いずれも私たち自ら申請を行わない限りお金を受け取ることはできず、健康保険組合や病院、税務署の方から医療費について還付の連絡が来ることはありえない。まして市役所や区役所、民間の保険事務所などは管轄外であって論外である。
そして申請した口座への振込でしか還付されないため、病院のATMだろうと行政サービスセンター近くのATMであろうと自身でATMを操作して還付金を受け取ることは一切ない。
年金に関する還付については、大きく「年金保険料の還付」と、「年金(老齢年金)そのものの還付」の二つがあり、さらに年金保険料の還付については、国民年金保険料と厚生年金保険料の二つに分かれる。
国民年金保険料の還付は、主に国民年金と厚生年金の保険料重複によって国民年金保険料を過納した際に、「国民年金保険料過誤納額還付・充当通知書」が日本年金機構(年金事務所)より送付されてくる。
私たちが自発的に申請するものではないが、この通知書に「国民年金保険料還付請求書」が添付されているので、こちらに振込先口座などを記入の上、日本年金機構へ送付すると、還付金は後日、指定口座に振り込まれる。
厚生年金保険料の還付も、国民年金と厚生年金の保険料重複、もしくは厚生年金と厚生年金の保険料重複による保険料過納に対して支払われるもので、主に転職の際、退社と入社時期のタイミングによって発生する。
こちらも「同月中に被保険者資格を取得・喪失された被保険者に関するお知らせ」が届くなどするが、基本的には前職の勤め先に過納付分が振り込まれ、その勤め先から私たちの口座へ振り込まれるのが通常である。
三つめは私たちが受給する年金そのものに関する「支給額の過少払い」もしくは「支給額の過払い」である。
このような話は通常起こりえない話であり、あってはならない話であるが、現実には支給漏れなどの問題が起きており社会問題にもなっている。
支払額の過少払い、つまり本来の年金より少ない額の支給がなされたという事案は、2018年2月に支給された公的年金の中で、約130万人の受給者について所得税が控除されずに過少払いされた件が記憶に新しいが、こちらも当初は日本年金機構のホームページに〈平成30年2月の老齢年金定時支払における源泉徴収税額について〉という文書がひっそりと掲載されただけで何の発表もなく、マスコミの指摘によって公になった経緯がある。
約20億円におよぶ過少払いの原因は、データ入力を外部委託した際に不当に中国企業へ入力作業を丸投げした事などによる重大なミスであった。機構側から親切に連絡してくれるようなこともなく、対応は後手後手に回っていた。
支払額の過払いに関してはもっと深刻で、過去には2010~2014年度の5年間で18億円以上の過払いで1人あたりの返還請求平均額は約80万円に上った。
これは加給年金の処理ミスやシステム事故によって引き起こされたものだが、2017年にも在職老齢年金の受給者3,215人に対し合計8,926万円を過払いするなどの事案が発生している。
この余分に支給された年金は当然返還しなければならないため、中には100万を超える金額の返納を要求され途方に暮れる受給者もいる。
この他、日本年金機構からの125万人分の個人データ流出などもあり、詐欺グループ側からすれば、「過払い年金」「過少払い年金」の他、「流出した年金データを削除します」など年金がらみのネタが豊富なため、騙しのシナリオ作成には事欠かず、私たちも「ニュースでやっていたあれかな?」と思ってしまう可能性はある。
万が一、こうした事案に該当する受給者であったとしても、手続きは最寄りの年金事務所(日本年金機構)に出向いて行われるので、絶対に電話など口頭での処理や銀行、ATM等において返金手続を行うことはない。
健康保険料については転職時や婚姻等での扶養家族認定に伴う国民健康保険の脱退忘れによる、保険料の重複支払いがある。
通常は自身で国民健康保険の脱退手続きを行った後、「保険料額通知書」と「還付通知書」が自宅へ届くので、振込先口座等を記入して返信用封筒で役所へ送付する。役所によっては「過誤納金還付・充当通知書」が送られてくる場合もあり、同封されている「過誤納金還付請求書兼振替依頼書」に振込先口座等を記入して返送する。
いずれも指定の口座へ重複分の保険料が振り込まれる事となる。
(既に口座引落で支払っていた場合はその口座に振り込まれる。)
民間の健康保険組合でも任意継続と国保の重複払い等がある場合、「還付請求書」を送付してもらい、こちらに振込先口座を記入して送付すれば、後日振込がなされる。
法人は別として、一般に税金の還付といえば所得税の還付を指す。
サラリーマン世帯は勤務先が窓口となって年末調整を行うことで、自動的に還付申請が行われるが、医療費控除や雑損控除などは自身で還付申請を行わなければならない。
これに対して自営業者はすべて還付申告を自身で行う必要がある。
いずれにしても直近年度の還付申告は、毎年2月から3月にかけての確定申告時に行うのが通例である。
近年は「ふるさと納税」がポピュラーになっているが、従来の「社会保険料控除」や「住宅ローン控除(住宅取得等特別控除) 」、「医療費控除」、「生命保険控除」、「個人年金保険控除」「民間介護保険控除」「地震保険控除」といったもので所得税の還付を申請する方がほとんどであろう。
あまり知られていないが「雑損控除」という項目では「震災、風水害、冷害、落雷などの自然現象の異変による災害」や「火災・火薬類の爆発など人為による異常な災害」、「害虫などの生物による異常な災害」、「盗難」、「横領」といったものに対する費用についても控除対象となっている。
たとえば豪雨・台風被害はもとより、スズメバチやシロアリの駆除費用、雪下ろし費用、クマ対策費用なども申請できる。
盗難は家に侵入された時だけでなく、路上スリや置き引きも対象となる。
こうした様々な控除により、支払う所得税の減額や、年度中に支払った所得税の一部還付が可能となっている。
いずれの手続きも勤務先で年末調整を行ったり、自身で税務署へ出向き(パソコンでのe-Tax申請も可)、申告書類を提出することで、指定の口座へ還付金が振り込まれる。
税金に関しても電話によって還付連絡が来ることはなく、正式に還付申請を行った人の口座へ還付金が振り込まれた際、「国税還付金振込通知書」が届くだけである。
この他に大規模災害の被災者には災害減免法により住宅・家財を対象とした所得税の軽減制度もあるが、こちらも各種証明書類とともに申請が必要である。
災害に乗じた卑劣な詐欺事案も散見されるが、すべて確定申告を行うことでしか税金の還付というのはあり得ない。
住民税については、自身から減額の変更(申告、減免など)があったことにより納め過ぎとなった税金(過納金)、および二重に納付するなどによる誤納金が認められた場合は、「過誤納金還付兼充当通知書」が送付される。
すでに登録されている口座があればその口座に入金され、登録口座がなければ新たに「市税還付金口座振込依頼書」を送付して還付金の振込みを受ける。
このように、私たちが受け取る還付金のほぼすべてが、「自発的に申請しなければ還付されない」のである。
そして正規の還付金手続きは「書面によって行われる」のが常であり、還付方法については自身が指定した口座への振込となる。
口座情報を申請用紙に記入して提出するのが基本であって、電話口など口頭で申告したり、ATM等で直接入力する、という事は絶対にない。
どれだけ還付期限が迫っていようと、いかなる理由があろうとも、還付金を受け取るのにATMを利用したり、手渡しで行うシステムは存在しない。
そもそも役所から「還付金があります」などと親切に連絡が来ること自体、ありえないのである。
それぞれの還付制度に共通して言えるのは、申請する際には書類作成などそれなりの労力を伴う、ということだ。
申請した覚えの無い還付金、身に覚えの無い還付金の話があった場合、「お金がもらえる期待感」はいったん置いて、最寄りの行政機関(もしくは警察、家族・友人)に確認をすることが、詐欺被害に遭わないための唯一の方法である。